放射能と玄米

ウェブサイト ”http://abeseikata.seesaa.net/article/191983113.html” から100%引用 (秋月辰一郎医師の著書にも同じ内容が出ています)

 

NPO日本総合医学会 理事 井上 明

長崎の原爆投下直後から献身的に被災地の救護・治療に活躍された聖フランシスコ病院の秋月辰一郎医師は「爆心地より1.8キロメートルの私の病院は、死の灰の中に、廃墟として残った。


私と私の病院の仲間は、焼き出された患者を治療しながら働き続けた。私たちの病院は、長崎市内の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらにわかめもたくさん保存していたのである。


その時私といっしょに、患者の救助、付近の人びとの治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出ないのは、その原因の一つは、「わかめの味噌汁」であったと私は確信している。」と著書「体質と食物」(クリエー出版)に書かれている。


「わかめの味噌汁と玄米食」で自分の結核を克服したと信じていた秋月医師はスタッフ全員に「わかめの味噌汁と玄米食」を勧めていた。また砂糖(甘いもの)は避けるように指示した。


そのおかげで、医師・看護師らは獅子奮迅の働きで多くの命を救い、原爆症を発症したスタッフは一人もいなかったという。味噌や玄米・わかめのたんぱく質やビタミン・ミネラル・繊維・ファイトケミカル等々の総合力によって放射能の害を抑えたとしか考えられない。

広島の原爆では9歳で被爆した小女が玄米で奇跡的に回復し、その後結婚されて7人もの子宝に恵まれた。佐和子さんは足の裏まで焼けた全身やけどのなか、必死の思いで母親を見つけ出した。


全身に水をかけられ病院に運ばれ即入院。奇跡的に一命を取りとめたものの、ケロイド(やけどの傷跡)は切っても切っても盛り上がり、夏場はその傷口からウジがわいて、そのウジを取って暮らすのが辛かったという。高校生になるまで、母親は佐和子さんに鏡は一切使わせなかった。


こんな醜い顔で結婚もできない。原爆症で白血球も肝機能も低下し、生きる支えはただ一つ、勉強して研究者になり原爆・放射能の研究をしよう。彼女はもう勉強をして広島大学工学部に入学し、放射能の研究一筋の生活に入った。


そして玄米食をしていた平賀先生と巡り合う。「玄米を食べて治らない病気はない。原爆症だって治る!」と言われ玄米食を初めた。その効果は数カ月で出てきた。あの焼けただれたケロイドの皮膚がポロポロと剥がれ落ちてきた。


髪の毛も眉毛も元通りに戻った。そして平賀先生と結婚し、なんと7人の子供を産み育てたのだ。これも命のある玄米や野菜・海藻の総合力以外の何物でもない。

普段から野菜・海藻多めの日本食で主食は玄米に努めることは勿論だが、原発の事故により放射能が飛散している非常事態の今こそ、多くの人々が玄米・大豆(味噌など)・野菜・海藻の総合力によって何としても自らの生命と健康を守っていただきたいと思う。

9.10.12

テシェク エデレム

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